イームズ記念切手
せれぷなオウチには、
昔の思い出がなかなか断ち切れないモノがいくつかある。
結構執念深い。
いつまでも古き良き時代を、すでに起こった栄枯盛衰を、
いつまでも無反省に、未練がましく引きずってしまう。
これもその1つだ。

2008 Stamps CHARLES + RAY EAMES @USPS
これはアメリカの郵便記念切手として
2008年6月頃に、イームズ生誕100周年を記念して発行された切手だ。
もちろん日本では普通には売ってない。
ということは、日本では使えない。
だけど、フツウにないモノを持つことに喜びを感じるボクらには
ぴったりのギフトだ。
もちろん誰もくれないので、
ボクがボクに買い与えたマスターベーション的ギフトだけど。
やっぱりちょっと悲しいね、自分で書いてて。
ただ話はちょっと複雑だ。
すごく手に入れて嬉しいというのともちょっと違う。
それはこんなことがあったから。
イームズという響きには、なぜか哀愁が漂う我がオウチ。
それは、猫も杓子もイームズイームズしていた狂気の時代を体験したからだ。
ボクにも高校生だった頃がある。
当時、インテリアにハマり始めたボクに
当然、ミッドセンチュリーの嵐が来ていた。
すげーイームズに憧れた。ネルソンにも憧れた。アメリカに憧れた。(今なら信じられないけれど)
ハーマンミラーの洋書を買ってはニタニタし、
イームズの洋書を買っては夜のベッドに持ち込み、
買えないイームズの椅子を美しいと夢想しては、
いつかはイームズと思っていた。
でも、まだあの狂気の時代は来ていなかった。
あんなに、猫も杓子もイームズになるとは予想だにしなかった頃の話だ。
あの当時、イームズの椅子を周りに『いいよね、これ』と話せば
『こんな駅のベンチのなにがいいの?』と言われ
ボクの天の邪鬼さは、すごく満たされた。
だから、あの当時にしてはの大枚で椅子を2脚も手に入れた。
たしか当時で、5万ぐらいしたと思う。2脚で10万。
それも、今となっては、どうなの?っていう完全オリジナルだ。
イームズのあの駅のベンチみたいなヤツをシェルと呼ぶが、
それが、当時イームズ夫妻が存命の頃の
オリジナルハーマンミラーのヤツなんだ。
ボクが購入した当時は、まだ復刻モノも少なかったし
今の状況のように、容易には見つけられなかった。
だから、高校生のリトルせれぴあんなボクはすごく満足していた。
でも、あのイームズ嵐が来た。なぜかボクら世代に嵐が来た。
フミヤがなぜかイームズの椅子をあんなに持っていて
smartのインテリア特集には、ミッドセンチュリーがフューチャーされ
憧れの男の部屋として、常にそこにはイームズ。
そして、今となれば、復刻モノ沢山。安い良いモノ沢山。
ブームの後には、PLCの定め、なんとも言えない時間が来る。
場末な本屋で、イームズシェルチェアみたいなのが売られる時期。
オウチにはそんな2つの椅子が佇んでいる。
すでに、北欧やらなんやらにハマっているから、本当は別のが欲しい。
いろんな椅子を見てきて、
もっと座り易い椅子、もっとせれぷな椅子を発見しているのに、
狭いオウチには、もう椅子を置くROOMはない。
最初に、2つも無理して買ったことが仇となりでも、
ちょっと嫌な思い出を抱えるこの椅子を使い続けている。
でも、初恋なんだ。忘れられない。
思い出は、案外、大切なわがせれぷ家。
そう、初恋とは、こんな甘酸っぱいモノなんだ。
そして、大きくなった今だって、最初に犯した間違いを
たぶん、成長しないで、繰り返し繰り返し間違えているんだよね。
だから、ボクはこのイームズ記念切手を
額にいれて、オウチのインテリアというよりは、
ある意味、ボクへの戒め的に部屋に飾るつもりだった。
そう、そのつもりで買ったんだよ。
でもね、せれぷなオウチの工務店では、
こういうのを額にいれたり、壁に釘を打ったりするのがけっこう辛い。
簡単にできるだろうと思って、アイデアを思いついて買うけれど、
なにをどうはじめていいかわからない。
釘をまっすぐ打てない。額を見つけて来られない。
だから、この切手は厚紙に曲がらないようあてられたまま
その出番をいまかいまかと待っている。
放置プレイが終わらない。
ところで、そんなモノがオウチには沢山あるんだなー。
ファブリックパネルだって、いつまでたっても作られない。
本当に、オウチの工務店レベルは、危機的状況だ。
そんなこんにゃで、
U.S Postal Service Charls + Ray Eames Stamp これでいいのだと人生達観している人にオススメです。



